紙のリサイクル・システムが、崩壊の危機に直面

2011.09.23

効率の悪い業者でも住宅地を回れば一日で確実にトラック一杯分の古紙を回収できた。当時学生で、チリ交基地でアルバイトをしていた池田さんはこう語る。「アルバイトですらボロ儲けできた時代で、ボクは半年間働いてクルマを現金で買いましたよ。チリ交基地のオヤジはベンツに乗っていて、『大学を卒業したら就職なんかしないでこの商売をやってみないか』と誘われたものです。でも、やめてよかった」まさしく池田さんのいうとおりで、この狂乱相場はたった一年で終わりを遂げる。そして翌年には相場が五分の一にまで下かってしまった。これが再び息を吹き返しだのは、第二次オイル・ショックが起こった翌年の一九八〇年のことだった。このときは以前ほどではないにせよ、工場着払い価格で段ボールがキロ五〇円以上、最も安い雑誌でも四五円ほどの値段がついた。だが、これが最後の大相場となり、以後、古紙の相場は戻っていない。それどころか、一九九〇年代に入るとチリ紙交換という民間から自然発生的に生まれた世界に冠たる紙のリサイクル・システムが、崩壊の危機に直面するようになった。