それから数年、美人の顔を思い出すことも少なくなってきたかな、と思っていた矢先、マネージャーの奥さんから大きな航空便が届いた。あのリトグラフ、だった。手紙が添えられていた。主人が亡くなった、このリトグラフは生前の主人がこよなく愛したもの。病床にあって主人は、いままでいろいろな日本からの駐在の方に仕えてきたがあなたのことを一番尊敬できる人と言っていた。そして、初めて家に来てもらった時のことが今も忘れられない。壁に掛けたリトグラフにくぎ付けになっていた、あの真剣な目。自分にもしもの時はあの方にこのリトグラフをもらってほしい。そういい残して永遠の眠りについたという。手紙の最後は「ご迷惑かもしれませんが、亡夫の遺志をお受け取りください。そして時々思い出して下されば主人もさっと喜ぶと思います」と結んであった。こうして氏をとりこにした一枚のリトグラフは、趣味の世界から、海を越えたかけがえのない友情の形見として、さらに思い入れの深いものになったというのである。お話を聞いているうちに、私の頭の中にだんだん発酵するようにしてイメージが固まっていった。そして氏の、一見申し分のない部屋に対する物足りなさ、不満の根っこの部分がわかったような気がした。そして、言った。「食い入るように見入ったあの時のご自分の世界にいつでもスッと入っていける空間が欲しいということですね」。しばらく私の顔を見ていた氏はマジョリカの灰皿にパイプの灰を落としながら「ひとつ、いい知恵を絞ってみてくれませんか」と言った。一ヵ月後にラフスケッチをお持ちすることにして、お家を辞し、事務所に向かって走らせる車の中で、私は感無量だった。リフォームもついにここまできたかと思った。